こんにちは。世田谷区等々力の司法書士です。
事務所の最寄駅は東急大井町線の尾山台または九品仏。
東横線の自由が丘や、田園都市線の二子玉川からも便利なところです。
お気軽にご相談においでくださいね。
今日は、高齢でも認知症などにはなっていない、判断能力は低下していない人が遺言を作成する場合について、ちょっと考えてみました。
このごろ、「遺言のすすめ」を内容とする言説をよくみかけますよね。
「自分の死後、子供たちがモメないように遺言をかいておこう!」
とか
「こんな場合には親に遺言を書いておいてもらいましょう!」
みたいな。
私自身も、相続のトラブルの相談を受けていて
亡くなった方が遺言を残しておいてくれたらよかったのになあ、
と思うことは多いんです。
「こんな場合には遺言を書いておくといいですよ。」
といった記事を、このブログで書くことも実際ありますし。
でも
「親に遺言を書いておいてもらいましょう。」
とは、ちょっと言えないなあ、と思ってしまいます。
なぜかというと、高齢の方は家族やその他の人に対して依存している場合が多いから、なんです。
どれだけ頭がしっかりしていて、判断能力に問題がない人でも、身体の能力が低下して周囲の助力を受けなければならなくなったり、病気で入院することになったり、ということが起こってきます。
今のところ身体や判断能力に問題のない高齢者でも、たいていの人は、将来に対して漠然とした不安を抱えています。
そんな状態の時に周囲から遺言の作成を働きかけられたら・・・。
働きかけの態様は様々でしょう。
「遺言を書いておくこと、考えてみたら?」とか、
「遺言を作るなら公正証書がいいんだって。」とか、
「公正証書遺言を作るなら僕が手配するよ。」といった、内容には踏み込まない軽い働きかけもあるでしょう。
親名義の家に子のうちの一人が同居している場合に
「将来、この家を売ってお金を分けなきゃいけない、なんてことにならないように、この家は僕に相続させるという遺言を書いておいてほしい」
と希望する場合のように、内容まで踏み込んだ働きかけをすることもあるでしょう。
いずれにせよ、最終的に、ご本人が、自分の意思で内容を決定して遺言を残すならば、きっかけが外部からの働きかけであっても問題はないといえます。
ところが・・・
「この家を自分にくれないならば、この先同居して面倒をみることはできないかも・・・」とか
「先祖代々のお墓を守っていって欲しいなら、その分遺産をたくさんくれないことには・・・」
といった、心理的に圧迫するような働きかけをしたとしたら、どうでしょうか。
そうやって作成された遺言は、判断能力の低下がない場合でも、本当に、
「ご本人の意思」によって作成されたもの、
といえるのでしょうか。
この問題は難しすぎて、とても結論を出すことはできませんが、実際にはこんなケースはけっこうあるのだろうな、と思います。
それを考えると、遺言を残すことによって避けられるトラブルは多いんだよなあ、と思いながらも
「親に遺言を書いておいてもらいましょう!」
とは言えない私なのです・・・。
☆こちらの記事も読んでみてね☆
★「そもそも」を考えてみよう。「親に遺言を書かせたいんです。」