成年後見制度の利用を完全に確実に回避する方法は・・・ない。

こんにちは。司法書士の片岡和子です。

2020年9月に「成年後見制度を利用しない、という選択肢もある。」という記事を書きました。

その後しばらく、あまり読まれることもなかったようなのですが、このところ検索に引っ掛かりやすくなったのか、アクセスが増えている模様。

それに伴って、「では後見制度を利用しないためにはどうすればよいのですか?」という質問をいただくことが出てきました。

そこで今日は、この問題についてざっくりとまとめてみようと思います。

(あくまでも「ざっくり」です。個別の事情は様々で、全てを網羅することは不可能ですので。)

 

話を単純にするため、「ご本人が重度の認知症である場合」を想定してみます。

(「後見」の対象である場合に限定して考えてみる、「保佐」や「補助」に該当する場合は考えない、ということです。)

 

「後見人をつける必要があるのかな? でも後見人をつけずに何とかならないのかな?」という場面で典型的なのは以下の4つかなあ、と思います。

①銀行預金をおろしたい

②不動産の売買をしたい

③老人ホームへの入所契約をしたい

④相続の手続きをしたい

 

まず①を考えてみましょう。

ご本人が既に老人ホーム等へ入っていて費用が全て口座振替になっている、といったケースでは銀行預金がおろせなくても特に困ることはありません。

問題が表面化するのは、入院等で臨時の支払いが必要になった場合です。

請求書を受け取った息子などが銀行へ行ってお金をおろそうとして「ご本人でなければおろせません」と言われてしまう・・・というパターンですね。

そして「認知症なのでしたら成年後見人をつけてください」と言われてしまい途方に暮れる、という展開になります。

こんな場合の対応としてまず考えられるのは「入院費は自分が立替えておき、相続の際に清算する」ということ。

ご本人が重病で長くはもたない、自分には立替をするだけの資力がある、という場合にはこれが最もシンプルだと思います。

次に考えられるのは、銀行に事情を説明して対応をお願いしてみることです。

以前はこれに応じる金融機関はほとんどなかったと思いますが、現在は状況が変化してきているようです。

入院費など、ご本人のための出費であることが明らかで金額も支払先もハッキリしている場合には、対応していただけることもあるようです。

対応の方法は金融機関によって異なるようです。

出金はさせてくれるのか、病院等への直接送金にのみ応じるのか。

一回限りの対応なのか、毎月の支払に対応してくれるのか。

そういったことは、各金融機関に個別に確認してみることが必要です。

自分に立替の余裕がなく、金融機関での特例的な対応の対象にもならない、となれば成年後見制度の利用を検討することになると思います。

 

次に②です。

ご本人が重度の認知症の場合、不動産の売買はできません。

これはどうにもなりません。

施設入所のために自宅を売りたい、介護費の捻出のためにアパートを売りたい、暮らしやすいバリアフリーのマンションを購入したい・・・

いろいろと理由は考えられますが、いくら「ご本人のため」であっても、ご本人が「売る」、「買う」という意思表示ができなければ、売買はできません。

ご本人のためにどうしても必要である、ということであれば後見制度を利用する他はありません。

 

③の「老人ホームへの入所契約」はどうでしょう。

これは「相手次第」ということになります。

入所するのはご本人ですから、契約はご本人がするのが本来の形です。

でも、もしかしたら、施設によっては「ご家族との契約でもOK」というところもあるかもしれません。

そういうところが見つかれば、成年後見制度を利用せずに入所ができるかもしれません。

ただ、「ご本人に契約能力がなければ後見人が法定代理人として契約をする」のが本来の形ですから、それとは外れた形での契約に問題はないのだろうか?という疑問は残ります。

この点については、法律論からはちょっと離れた発想が必要だと思います。

「実際に問題が起こる可能性があるだろうか?」ということです。

「家族」と呼べる人があなた一人だけで、ご本人からの信頼も厚い、ということならば問題は起きないと思います。

法的に疑問のある契約でも、文句を言う人がいなければ問題は表面化しないだろう、ということ。

子供が複数いて、きょうだい間に意見の相違がある場合などは注意が必要だと思います。

「あんな費用のかかる施設に入れる必要なんかない。もっと安いところを探すべき。」などと考えるきょうだいが「契約は本人の意思に基づいたものではないから無効だ。」なんてことを言い出すリスクはあります。

私は法律職ですから、「法的に疑問があっても、事実上問題が起きないのであれば結果的にOK」なんてことを言ってはいけないのです、ホントは。

でも、世の中はタテマエだけで動いてるワケじゃありませんから・・・。

 

最後の④はどうでしょう。

相続が起きると、遺産分けの話し合いをしなければなりません。

これを「遺産分割協議」といいます。

遺産分割協議を行うには、その意味をしっかり理解できるだけの判断能力が必要です。

「重度の認知症の方は遺産分割協議はできない」ということです。

成年後年人を選任して、その後見人がご本人の代わりに協議を行うことになります。

後見制度を使いたくない、ということであれば、まず考えられるのは「遺産分割の先延ばし」です。

夫が亡くなり、相続人は妻と息子が二人、妻は重度の認知症である、という場合を考えてみましょう。

妻がかなりの高齢で、近い将来に二次相続が起きそうであるならば、夫の相続手続きはしないでおく。

妻の死後に、息子二人で両親の相続手続きをまとめて行えばよいではないか、という発想です。

もちろん二次相続が近い将来ではなく、いつになるかわからない、という場合もあるでしょう。

その場合は「どこまでなら先延ばしが可能か」ということを考えてみることになります。

先延ばしができないのであれば、後見人をつけて遺産分割を進めるしかない、ということになります。

ところで、「相続手続き」の中には「遺産分割協議が不要」のものも存在します。

例えば「不動産を法定相続分で共有する場合」など。

その場合は、認知症のご本人が関与せずに不動産の名義変更をすることができます。

最終的な解決ではありませんが、この方法でとりあえず不動産の相続手続きを済ませることは可能です。

ただ、「法定相続分での相続」であればどんな場合でも認知症の方の関与が不要になるワケではない、という点に注意が必要です。

銀行等の金融機関では「法定相続分で分配する場合であっても、相続人全員の同意が必要」という扱いがほとんどだと思います。

(金額が少ない場合には代表者1名からの手続きで全額の払い戻しができる場合もあるようですが、金融機関によって扱いは異なりますので確認が必要です。)

遺産の中に多額の預貯金がある場合などは「先延ばし」にも限度があるでしょう。

相続人のうちの誰かが「これ以上は待てない、早く手続きをして自分の取り分を手に入れたい」と言えば、後見人を立てて手続きを進めることになると思います。

 

さて。

ここまでは「何の対策もしないまま重度の認知症になってしまった場合」のお話でした。

ここからは「では、事前にできることはあるのか?」というお話です。

前半と同じく①~④の場合分けで考えてみましょう。

 

まずは①の場合。

認知症になっても成年後見人を立てずに銀行預金をおろす方法はあるのか? という問題です。

以前は「ない」が答えだったと思います。

(キャッシュカードの暗証番号を知っていて引き出せちゃった、というケースはあったでしょうけど。)

今は、いろんな金融機関でいろんなメニューがあるようです。

あらかじめ設定しておくことで、ご本人以外がおカネを動かすことが可能になるのです。

金融機関によってメニューの内容は様々、手数料の額なども様々のようです。

利用を考えるなら、どこまでのことが可能なのか、よく調べてしっかりと理解しておくことが必要です。

最も大切なことは「最初の設定はご本人が行う必要がある」ということ。

「お母さんが認知症になった時に備えて、娘の私がおカネを引き出せるようにしておいて」と頼んでも、「そんなのイヤよ、あんたになんか任せられないわよ、認知症になったら、それはその時よ。」と言われてしまえばオシマイです。

これはアタリマエ。

自分の財産ですから、決めるのはご本人。

周囲が強制することなどできませんよね。

 

次に②の場合です。

認知症になっても成年後見人を立てずに不動産の売買を行う、なんてことは不可能にも思えますが、方法がないワケではありません。

不動産などの一定の財産を、自分の財産から切り離して「信託」の形にしておくことで可能になります。

ただ・・・信託の制度は、ものすごくムズカシイのです。

興味を持つ方は多いようで、時々質問を受けることもあるのですが、私自身はほとんど知識がありません。

難しすぎて、勉強してみる気にもなれない、というのが正直なところ。

そして、「いちおう法律職の私でも理解が難しいことを、一般の方々に安易にお勧めはできないなあ・・・」と考えているのです。

この気持ちがとても大きいため、私はこの分野に手を出していないのです。

ご興味のある方は、知識の豊富な専門家に相談なさってみてください。

ただし、「自分の老後のために自分の財産を信託しよう」ならばよいですが、「親の老後のために親の財産を信託させよう」はマズいと思います。

「やたらとムズカシイものを、高齢の親にむりやり勧めて契約させる」なんてことをやったら、後日のゴタゴタ必発ですので。

 

③については、前半で書いたことと同様です。

「相手次第」ですので、「あらかじめの準備」はできないと思います。

言えるとすれば「いずれ老人ホームへ入りたいと思っているならば、判断能力が十分あるうちに決行せよ」といったところでしょうか。

う~ん、説得力ないですねえ・・・。

「老人ホームになんか入りたくない、と本人は常々言っていたけど、自宅での介護が困難になって仕方なく・・・」というケースが実際には多いですから。

ここで、話はちょっとそれるのですが・・・

「成年後見制度の利用を避けたい」という場合、理由はいろいろとあると思います。

もしもその理由が「自由に後見人が選べない。後見人が必要になったら息子にやってもらいたいが、希望が通らずに専門職が選任されてしまうことがあるらしい」ということなのでしたら、「任意後見」の制度を利用すればよいのです。

「将来自分の判断能力が低下したら後見人になってくれる人」を決めて、その人と契約をしておくのです。

必要な代理権の内容は契約の時に決めておきます。

その中に「老人ホームへの入所契約の代理権」を入れた上で、日頃から「もしも老人ホームへ入らなければならなくなった場合には、こんな施設がよい」といったことを伝えておけば、希望が叶うと思います。

(必要ならば「自宅を売却する代理権」なども入れておくことになりますね。)

ただし、任意後見の制度には「監督人」が登場します。

ご本人の判断能力が低下すると任意後見人の仕事がスタートするのですが、その際には必ず「監督人」が選任されます。

任意後見人がきちんと任務を遂行するように、横領なんかしないように、監督人が見張る、という仕組みになっているのです。

専門職が監督人になりますから、当然報酬が発生します。

これがイヤ! ということでしたら、この制度は使えません。

(そして、それはイヤ! という人がとても多いのが実情のようです。)

 

最後に④について。

これについても、自分自身でのあらかじめの準備はできないと思います。

ただ、周囲の方々ができる備えはあって、それは「遺言」です。

前半と同じ例で考えてみましょう。

夫が亡くなり、相続人は妻と息子二人、妻は重度の認知症である、という場合です。

「妻に成年後見人をつけずに遺産分割協議をする方法」はありません。

ただし、夫がきちんとした遺言書を作成していれば、「遺産分割協議そのもの」が不要になります。

遺言書さえ作成していれば万事OK、というワケではなくて、いろいろと問題が起きてくることはあるのですが、それでも不都合を回避できる可能性はぐんと高まります。

 

さて。

いろいろと書いて来ました。

「ざっくり」と言いながら、かなりの分量になりました。

最後にまとめましょう。

「成年後見制度の利用を回避する完全で確実な方法は存在しない」です。

 

 

☆こちらの記事も読んでみてね☆

★認知症への備え。私は任意後見だなあ。

★成年後見人はなぜ相続税対策ができないのか

★遺言は万能ではない。④二次相続についての指定

★遺言は万能ではない。⑤遺言と異なる内容の遺産分割

 

 

2022年2月5日 | カテゴリー : 成年後見 | 投稿者 : Kazuko Kataoka