こんにちは。世田谷区の司法書士です。
東急大井町線尾山台駅近くで開業してます。
実は今日のこの記事がブログを始めて100記事めです。
「平日は毎日更新」を続けて、記念すべき100回目。
何を書こうかな~、と考えたのですが、ホームページの「司法書士紹介」の内容がシンプルなので、今日は改めて、ちょっと詳しめの自己紹介をしようかと。
片岡和子、1961年山口県徳山市(現在の周南市)の生まれです。
ご先祖は愛媛県八幡浜市ですが、みかん農家の二男である父が四国から出て転勤族になったため、たまたま山口県で生まれました。
その後、父の転勤で全国を転々。
小学校でも中学校でも高校でも転校を経験し、大学受験のときは、たまたま兵庫県姫路市にいました。
で、「東京の大学に行きたい」と言ったところ、「女の子の東京一人暮らしは危ないからダメ。」といわれ、「それなら、危なくない地方ならいいでしょ。」という発想で九州大学文学部に進学。
今考えると、何で法学部に行かなかったんだろう、なのですが、当時は女の子は結婚して主婦になるのが普通だったので、4年制大学に進学するとしても「文学部」が当たり障りのない選択、という感じでした。
そして、卒業後、「社会勉強」のために会社勤務を経験して1年で退職、結婚、専業主婦へ。
当時としては、笑ってしまうほど「普通」です。
そのまま、のほほんと主婦生活をしていた30代後半のある日、いきなり「土地のトラブル」に巻き込まれたのです。
(このトラブルの具体的な内容については省略。)
そして、自分の無知さ加減を思い知らされました。
「世間知らずの奥様」そのものです。
私みたいなのが、このままおばちゃんになって、おばあちゃんになって、詐欺の被害者になったりするんだろうなあ、と痛感しました。
で、何とかしなければ、このままじゃいけない、と思って「宅建」(宅地建物取引主任者)の資格を取りました。
でも、この頃はテキストを読んで問題集をやりまくって、実はよく理解もできないまま勢いで合格した、という状況でした。
そのことは当時の自分も何となくわかっていて、「きちんと法律の勉強をしなくては」と強烈に思ったのです。
で、司法書士の予備校へ行けば法律の勉強ができて、資格も取れる! と考えた。
40才の時です。
確かに、法律の基礎は学ぶことはできました。
でも、資格はそう簡単には取れずに苦戦します。
40才過ぎて、理解力はあっても、暗記は全然ダメだし、長時間勉強する根気もないし・・・。
ようやく司法書士試験に合格したのは46才の時です。
でも、もともと司法書士として働くつもりではなかったため、今度は何と「司法試験」に手を出したのです。
(旧司法試験の終わりの頃です。)
これは、さすがに無謀でした。
でも、この時に勉強したことは今も役に立ってます。
さて、司法試験合格をめざすのは現実的ではない、と気がついたころ、わが家では「高齢者問題」が表面化し始めていました。
遠くない将来に「親の介護の問題」が自分の問題として迫ってくるのだ、ということを実感し始めていました。
これは、恐ろしいものでした。
すさまじい不安感に襲われました。
このときの感覚は、自分の無知に恐怖を覚えて「法律の勉強をしよう」と思った時と、とても似た感覚だったように思います。
知らないから不安。
知識がないから怖い。
そして、今度は「介護の世界を知らなければ!」と考えたのです。
で、「ヘルパー2級講座」を受講しました。
でも、これで不安感が消えることはありませんでした。
知識だけではどうにもならない、という感じです。
現場を知らなければ、と強く思いました。
そこで、訪問介護のヘルパーとして働き始めました。
高齢者介護の現場へ入り、
自分の体を使って実際に介護をし、
介護保険の仕組みを知り、
ケアマネジャーさんなど介護に関わる人たちの仕事のことを知り、
介護事業者の実情を知り・・・
といった経験をしたことによって、今後自分の身の回りで「高齢者介護」の問題が現実化しても、何とか対応していく自分、というものがイメージできるようになり、強烈な不安感はおさまりました。
同時に、それまで可能性としては考えることはあっても、まだ漠然としたものだった
「司法書士として成年後見の仕事をする」
ということが、現実のものとして見えてきたのです。
法律と福祉の交差する場所が自分の仕事場なんじゃないか、と。
・・・こんな経過をたどって、2012年4月に司法書士として開業しました。
その後、成年後見人としての活動をしながら「認定司法書士」の資格も取り、裁判関係の仕事もするようになりました。
開業して2年ちょっとの今、自分の強みは何かな、と考えてみると、法律を全く知らない「普通の主婦」だった期間が長いことから、
「法律をわからない人の気持ちがわかる」
ということなんじゃないかな、と思ってます。
それから、あちこちと転居を繰り返して育ったため「根っこ」を持たないこと。
いろんなことに縛られずに自由、柔軟でいられるのは、このことが大きいと思ってます。
あ、でも今は世田谷に根をおろしつつあって、自由でいながらも、地元の方々のお役に立ちたいなあ、と思ってます。
・・・長々と書いてしまいました。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
そして、今後ともどうぞよろしく!
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【2021年5月29日追記】
久しぶりにこの記事を読み返してみて、「あ、事実と違うな」という部分を発見しましたので少々追記を。
「これが100記事め」と書いていますが、もしも物好きな方が実際に数えてみたら「違う!」ということになります。
この頃は、ただただ一生懸命ブログを書いていましたので、「100記事め」はいつまでたっても「100記事め」でした。
でも、その後、司法書士として活動を続けるうちに「書く、ということについてきちんと責任を持たなければ!」と強く思うようになりまして。
定期的に過去記事を見直して、情報が古くなっていれば追記をする、場合によっては記事そのものを削除する、ということを行っているのです。
それから、「裁判関係の仕事」は現在お引き受けしていないです。
いろんな経験をして、いろいろと考えるところもありまして。
それ以外の部分は基本的に変わっていないです。
現在10年目。
「成年後見の仕事をしたくて司法書士になった」という基本に立ち戻ったのかなあ、という毎日です。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!
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